猫の大動脈血栓塞栓症
猫の大動脈血栓塞栓症 について
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)の症状は両後ろ足機能の急性喪失です。

猫の大動脈血栓塞栓症の治療
■血栓溶解治療
当院では、猫の⼤動脈⾎栓塞栓症(FATE)の症状発症6時間未満の猫に TPAアルテプラーゼ アクチバシン注射 遺伝子組み換え(協和キリン株式会社)持続点滴による⾎栓溶解療法による治療を行っております。発症から6時間の早期治療開始が生存にとって非常に重要です。
世界猫獣医学会(ISFM)のコンセンサス 2024年6月10日公開では、急性(発症から6時間未満)の猫の動脈血栓塞栓症(FATE)に対して、TPAによる血栓溶解剤の使用を推奨しています。
■側副血行路形成促進治療
Promotion of collateral circulation
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)は大動脈に出来た血栓による物質的閉塞だけでなく、閉塞した血栓周囲の血管の収縮によって引き起こされます。そのため、TPAによる大動脈血栓に対する溶解剤の治療だけでなく、側副血行路(閉塞した大動脈とは別の血流経路を作るバイパス血管)の形成を促進する為に、赤血球の変形能(レオロジー特性)改善し、周囲血管拡張を、早期に開始する事が重度です。
低分子ヘパリン注射は、新たな血栓の形成を予防する効果はありますが、すでに形成された血栓を溶解し血流を改善する効果はありません、猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)に対する治療効果はありません。
猫の大動脈血栓塞栓症の予防
猫肥大型心筋症の猫の約 12% が、診断から 10 年以内に猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)を発症します。当院では⼤動脈⾎栓塞栓症のリスクのある猫には、DAT 二重療法【血小板凝集と血液凝固の両方の経路を同時に阻害する】を提案しております。
■DAT 二重療法
DAT 二重療法:血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法(生存期間が最長となり、再塞栓率が最低になることが示されています)クロピドグレル(プラビックス)は非常に苦いだけでなく、30%の猫で効果が期待できない事が報告されています「クロピドグレル耐性」。単体の投与では血栓症のリスクを僅か約3〜4%減らすだけです。
参考文献 👉血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法
参考文献 👉3 つの視点から見た血栓: 評論家、心臓専門医、放射線科医 国際獣医救急・救命救急シンポジウム2020
参考文献 猫の血小板機能と凝固パラメーターに対するリバーロキサバンとクロピドログレルを使用した二重抗血栓療法の効果
参考文献 猫の大動脈血栓塞栓症:最近の進歩と将来の展望
目次
1猫の大動脈血栓塞栓症の症状
症状は両後ろ足機能の急性喪失です。
猫の大動脈に認められた血栓の超音波像
猫の大動脈血栓塞栓症の「5つのP」とは
猫の大動脈血栓塞栓(FATE)のサーモグラフィ像
2猫の大動脈血栓塞栓症の原因
ウィルヒョウの三徴
猫の大動脈血栓塞栓症の発症機序
3猫の大動脈血栓塞栓症の治療 TPAによる血栓溶解療法
TPA治療の安全性と有効性に関するエビデンス
人間の血栓溶解療法(TPA)治療の歴史と実績
猫の血栓溶解療法 治療に関する研究の歩み
当院での⾎栓溶解療法による治療方針
猫の大動脈血栓塞栓症に投与される、アルテプラーゼの作用機序
4側副血行路(バイパス血管)の形成を促す治療
赤血球の変形能(レオロジー特性)改善、血管収 縮への対応と側副血行路の形成
5猫の大動脈血栓塞栓症の疼痛管理
鎮痛薬の投与と酸素補給
6猫の大動脈血栓塞栓症の生存率
最初の6時間は生存にとって非常に重要
何故6時間以内に治癒開始が必要?
早期治療からの回復との相関を示す散布図
治療のタイミングが予後を決める理由
猫の大動脈血栓塞栓症による片側後肢壊疽
7猫の大動脈血栓塞栓症の予防
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)予防ガイドライン
クロピドグレルは単体は飲ませるべきか否か
クロピドグレル単体の効果と投与の難しさ
クロピドグレルは30%の猫に血栓予防効果なし
効果と負担のバランスを考える
猫の肥大型心筋症 12% が10 年以内に血栓症
新しい抗凝固薬リバーロキサバン
猫に対するリバロキサパンの安全性
二重経路阻害(DAT):抗血栓療法の新たな方向性
当院では2021年より二重療法DATを実施
1猫の大動脈血栓塞栓症の症状
■猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)の症状は両後ろ足機能の急性喪失です。
片側の後肢(左より右)発生することもありますが、両側が一般的です研究では片側の関与が20.8%であるのに対し、両側の関与は77.6%)まれに前肢におこることもあります。

■猫の大動脈に認められた血栓の超音波像

■猫の大動脈血栓塞栓症の「5つのP」とは:

-
Pain(疼痛)
突然の強い痛み。特に後肢に起こり、鳴き叫ぶような声をあげることがあります。 -
Paresis/Paralysis(運動障害/麻痺)
後肢が動かせなくなる(完全または部分的麻痺)。 -
Pulselessness(脈拍消失)
大腿動脈などの末梢動脈で脈が触れない、または非常に弱い。 -
Pallor(蒼白)
肉球や爪の色が白っぽくなり、血流が途絶している。 -
Poikilothermia(温度異常)
患肢の体温が低下し、健常な部位との温度差。
突然手足が冷たくなり、青白くなります。爪が切れても出血しなくなり、手足の筋肉は硬く、痛みを伴います。猫によっては大声を出したり、よだれを垂らしたりすることもあります。直腸低体温症も見られ、予後は非常にわるく生存率は低く再発率も高いです(研究では再発率約50%)

2猫の大動脈血栓塞栓症の原因
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)の主な原因は、ウィルヒョウの三徴に基づいています。この三徴候は、血栓形成のリスクを高める3つの主要な要因である、血液凝固亢進、血管内皮障害、および血液うっ滞を指します。
猫の大動脈血栓塞栓症ATEの最も一般的な基礎疾患は、心筋症です。特に肥大型心筋症が最も多く、肥大型心筋症と診断された猫の約12%が10年以内に猫の大動脈血栓塞栓症ATEを発症します。
■ウィルヒョウの三徴
ウィルヒョウの三徴は、血栓形成の病態生理学を説明する概念です。
血液凝固亢進:血液凝固を促進する因子と、凝固を阻害する因子、そして血栓を分解する因子のバランスが崩れることで発生します。凝固促進活動が過剰になったり、抗凝固・線溶活動が低下したりすると、血栓ができやすくなります。
血管内皮障害:血管の内側にある内皮細胞が傷つくと、通常は血栓を形成しにくい表面が、逆に凝固を促進する表面に変化します。これは、炎症、腫瘍、虚血(血液不足)、または再灌流障害(血液が再び流れ出す際の障害)などが原因で起こります。
血液うっ滞:血液の流れが停滞することによって、凝固を促進する酵素(トロンビンなど)が局所的に蓄積し、抗凝固因子の働きを上回ることで血栓形成が促進されます。猫において血液うっ滞が最も起こりやすい場所は、心臓病、特に肥大型心筋症によって拡張した左心房です
■猫の大動脈血栓塞栓症の発症機序

1血球およびフィブリンポリマーの凝集体は、病的に拡大した左心房(LA)内に沈着し、心内血栓を形成します。
2この血栓が剥離し、左心室(LV)および大動脈(Ao)を経て遠位の動脈に達し、塞栓を引き起こします。
3血栓は大動脈分岐部に塞栓を起こし、部分的または完全な閉塞をもたらします。
4血管内腔の狭窄は血流の乱れを生じさせ、血栓のさらなる形成・増大を促進します。
5動脈血栓症は、血流の阻害、組織の虚血、壊死、虚血再灌流障害、さらには多臓器不全を引き起こします。
3猫の大動脈血栓塞栓症の治療 TPAによる⾎栓溶解治療
猫の急性大動脈血栓塞栓症(FATE)の治療に関して、古い情報に基づき「TPAによる血栓溶解治療が病態を悪化させる」という誤った見解が散見されます。しかし、最新の研究「世界猫獣医学会(ISFM)2024年6月10日公開」では、この見解は完全に否定されており、TPA(組織型プラスミノーゲン活性化因子)による血栓溶解治療の有効性と安全性が示唆されています。
■TPAによる猫の血栓塞栓症治療の安全性と有効性に関するエビデンス
早期TPAによる大動脈鞍型血栓の両側溶解試験という、猫の⼤動脈⾎栓塞栓症(FATE)を対象とした前向きランダム化プラセボ対照試験では、TPAが猫の⼤動脈⾎栓塞栓症の予後を悪化させないという試験結果が確認されました。これは、TPA治療が猫の急性大動脈血栓塞栓症において安全な選択肢であることを強く示唆しています。
■人間における血栓溶解療法(TPA)治療の歴史と実績
人間においては、血栓溶解治療は古くから行われており、TPAを含む様々な血栓溶解薬が開発されてきました。
- 第1世代の血栓溶解薬としてストレプトキナーゼやウロキナーゼが使用されてきました。
- 第2世代ではTPA(アルテプラーゼ)が登場し、さらに効果的な治療が可能になりました。
人間の医療では、医師会が肺血栓塞栓症(PTE)、急性心筋梗塞、急性虚血性脳卒中(AIS)など、さまざまな疾患の患者に対する血栓溶解療法の使用に関するガイドラインを発表しています。これらのガイドラインでは、TPAによる血栓溶解療法の使用が推奨されています。特に、症状発現後3時間以内に治療を開始できる患者には、TPAの静脈内投与が推奨されています。
■猫の血栓溶解療法 治療に関する研究の歩み
猫の血栓溶解療法に関する研究は、以下の通り進められてきました。
- 1969年: フランスで行われた大動脈血栓症モデルの研究で、静脈内ストレプトキナーゼが使用され、84%の猫で血栓が消失しました。
- 1980年代: カリフォルニア大学デービス校で数匹の猫(約10〜12匹)にTPAが使用され、退院したすべての猫が来院後48時間以内に歩行できるようになったと報告されています。
- 1987年: 6匹の猫を対象とした研究で、臨床症状の平均持続時間17時間(範囲5〜29時間)の猫にTPAが使用されました。
- 2010年: 非対照前向き研究で11匹の猫を対象にアルテプラーゼが調査されました。臨床症状の発現から12時間以内に猫の67%で脈拍が戻り、四肢機能が改善しましたが、退院できたのは27%の猫でした。
- TPA群の退院生存率は44%であり、重要なことに、TPA群と対照群の生存率に悪化は見られず、再灌流障害や腎不全(それぞれ25%対25%)などの合併症率にも差がありませんでした。
- 2022年に発表された論文では、レテプラーゼ(第3世代TPA)を投与された両側猫の⼤動脈⾎栓塞栓症FATEの生存退院率が90%であると報告されました。残念ですが日本では、レテプラーぜは人間医療においても未だ入手できません。1日でも早く厚生労働省の認可が降りて猫に使えることを願います。
- これらの研究結果は、TPA治療が猫の大動脈血栓塞栓症FATEに対して有効かつ安全である可能性を示しており、古い情報に基づく誤解を払拭する重要なエビデンスとなります。
■当院での⾎栓溶解療法による治療方針

急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症 における⾎栓溶解療法は、リスク増加を伴いません。世界猫学会のコンセンサスでは、個々の猫のリスクと利点を評価した上で、急性 (発症から6 時間未満) 猫の動脈⾎栓塞栓症の治療にTPA⾎栓溶解剤の使⽤を推奨しております。

当院では飼い主様と相談の上、急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症(FATE)の症状発症6時間未満の猫に TPAアルテプラーゼ アクチバシン注射 遺伝子組み換え(協和キリン株式会社)持続点滴による⾎栓溶解療法をによる治療を行っております。
参考文献:
1.アクチバシンインタビューフォーム
https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00001610.pdf
2.早期組織プラスミノーゲン活性化因子による大動脈鞍型血栓の両側溶解:猫の急性大動脈血栓塞栓症における前向きランダム化プラセボ対照試験https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36350753/
3.猫の急性大動脈血栓塞栓症における組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)による血栓溶解:16症例の回顧的研究。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10814639/
4 世界猫学会コンセンサス:2024年6月10日公開 猫の大動脈血栓塞栓症:最近の進歩と将来の展望
4側副血行路(バイパス)形成を促す治療
■血管収縮への対応と側副血行路の形成
猫の大動脈血栓塞栓症は大動脈に出来た物理的な血栓だけでなく、側副循環の血管収縮によって引き起こされることが分かっています。血栓の形成と塞栓は、影響を受けた動脈の直接的な機械的閉塞を引き起こすだけでなく、血管作動性イベントのカスケードを引き起こし、側副循環の血管収縮をもたらします。そのため、現在米国欧州獣医救急・集中治療医学会での治療の焦点は、血管拡張や抗酸化作用、そして側副血行路の回復と形成を促すことに移っています。
当院ではTPAによる血栓溶解と同時に血管拡張、抗酸化作用、側副血行路の形成を促す2剤の投薬を発症後直ちに行っております。
1.血管拡張、抗酸化、抗炎症、赤血球の変形能(レオロジー特性)改善薬ペントキシフィリンの投与。
2.セロトニン拮抗: 側副血行路が維持され、麻痺を予防する可能性があります。
5猫の大動脈血栓塞栓症の疼痛管理

■鎮痛薬の投与と酸素補給
猫の大動脈血栓塞栓症を患う猫のほとんどは、激しい痛みと苦痛を経験します。呼吸困難に陥った猫には高濃度24時間酸素補給が必要です。できるだけ早く、オピオイドによる迅速かつ効果的な鎮痛薬を投与します。
6猫の大動脈血栓塞栓症の生存率
■最初の6時間は生存にとって非常に重要、早期発見と迅速かつ積極的な治療の開始が重要
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)は非常に予後が厳しい疾患です。過去の報告からもその厳しさがうかがえます。
猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)の生存率は、治療開始時間が非常に重要です。発症後の早期積極的な治療開始が、治療の成功に非常に重要です。
発症から最初の6時間は生存にとって非常に重要です。当院は年中無休で夜間の救急対応しておりますので、発症後直ちに血栓溶解治療+側副血行路形成促進治療を開始いたします。
■何故猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)は6時間以内に治療を開始しなければいけないのか?
以下のグラフの様に積極的治療開始が発症から6時間を過ぎるといっきに回復率が低下することを示してます。

PMCID: PMC7703610 PMID: 33282706
■治療のタイミングが予後を決める理由
私たちは、この病態に対する迅速な対応が極めて重要であると考えています。
発症後6時間以内の治療 早期に投与することで、臨床症状が急速に改善するケースが見られます。これは、形成されたばかりの小さな血栓が、組織化して血管に固着する前に溶解されるためです。この迅速な対応が、猫ちゃんの命と後肢の機能を救う可能性を高めます。
発症後6時間以降の治療 治療開始が遅れると、血栓が血管壁に癒着してしまいます。これにより、後肢への血流不足(虚血)が不可逆的な障害を引き起こし、残念ながら予後不良となるケースが増加します。
250匹の猫を対象とした研究では、最初の来院時に61.2%(153匹)が安楽死を選択され、**24時間以上生存できた猫はわずか27.2%**でした。さらに、この研究で24時間生存し、病院で治療を受けた猫のうち、**7日間生存したのはわずか50%**にとどまりました。
このデータは、猫の急性大動脈血栓塞栓症(FATE)がいかに緊急性が高く、重篤な状態であるかを示しています。早期発見と迅速な積極的治療の開始が、生存率を高めるために最も重要となります。

7猫の大動脈血栓塞栓症の予防
死亡率高くも予後も悪い病気ですので、心筋症の診断を受けた猫は必ず二重療法で予防して下さい。
抗血小板療法: 血小板の活性と凝集を抑制し血栓の形成を防ぎます。過去の治療法ではプロピログレルを1頭あたり18.75mg24時間おきに飲ませていましたが、現在はリバーロキサバンとの二重療法で治療を受けた猫の大動脈血栓塞栓症の再発率が最も低く、副作用の発生率が低く、生存期間も長くなりますので2剤投与が有効です。当院では2021年より心筋症の猫ちゃんには クロピログレル+リバーロキサバンを1日1回投与して頂いております。
参考文献 👉血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法
■現在の猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)予防ガイドライン
血栓予防は、猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)のリスクが高い猫の肥大型心筋症に対して,推奨されています。推奨される薬剤と投与方法
経口抗凝固薬
クロピドグレル: 猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)の予防の推奨用量は18.75 mgを1日1回経口投与、迅速な効果を期待する場合、初期負荷量として37.5 mgを投与することが有用な場合があります。しかしその予防効果は僅か約3〜4%です。
リバーロキサバン: 安全で忍容性(苦くなく、猫に飲ませやすい、1日1回経口投与が推奨されます。
アピキサバン: CURATIVEガイドラインに明記されていませんが、リバーロキサバンと同様の推奨が期待されます。0.2 mg/kgを1日1回経口投与が使用されています。
注射抗凝固薬
ヘパリン:未分画ヘパリン(UFH): 静脈内(IV)に350-375 IU/kgを投与後、皮下(SC)に150-250 IU/kgを6〜8時間ごとに投与。
低分子ヘパリン ダルテパリン: 75 IU/kgを6時間ごとに皮下投与。
エノキサパリン: 0.75-1 mg/kgを6時間ごとに皮下投与
■クロピドグレル(プラビックス)単体は飲ませるべきか否か
クロピドグレルは、ATEを発症した猫の再発リスクを減らし、再発を遅らせる効果があります。そのため、一部の専門医は、肥大型心筋症を持つ猫に対して、血栓予防のためにクロピドグレル単体を飲ませることを推奨しています。
ヒト医療では、クロピドグレルの薬力学的効果には個人差が大きいため、血栓イベントの再発リスクが高い患者では血小板機能のモニタリングが重要とされてます。
■クロピドグレル(プラビックス)単体の効果と投与の難しさ
クロピドグレルは味が悪く、猫に飲ませるのが難しいという大きな問題があります。多くの飼い主にとって、毎日この薬を飲ませるのは大変な負担です。
そこで、この薬を飲ませるメリットがどれくらいあるのかを考える必要があります。これまでの研究データを分析すると、クロピドグレル単体は中等度から重度の猫の大動脈血栓塞栓症リスクを僅か約3〜4%減らすだけと考えられています。
■クロピドグレル(プラビックス)は30%の猫に効果はありません。
クロピドグレルは、肝臓で活性代謝物に変換された後、血小板のADP受容体P2Y₁₂を不可逆的に阻害する抗血小板薬です。これにより、血小板凝集が抑制されます。
複数の研究論文によると、約30%の猫でクロピドグレルの効果が低下する「クロピドグレル耐性」が報告されています。これは、特定の遺伝子変異(P2RY1)が原因の一つであると考えられており、この変異は30%の猫が持っており、30%の猫はクロピドグレルは効果がない可能性があります。この事実を獣医師が猫にクロピドグレルを処方する際に飼い主様に必ず話しておかなければなりません。
■効果と負担のバランスを考える
クロピドグレルは一定の効果が期待できますが、その効果は劇的なものではありません。猫に苦い薬を飲ませるという飼い主の負担を考えると、この小さなメリットと投与の難しさを天秤にかける必要があります。猫それぞれの状態をよく見極め、30%の猫には効果がなく、苦いクロピドグレル単体を毎日無理に飲ませることを強制すべきではありません。クロピドグレル単体投与するかどうかは、獣医師と飼い主がよく話し合い、猫にとって何が最善かを一緒に決めることが大切です。
参考文献 アメリカ獣医師会誌クロピドグレルは肥大型心筋症の猫にどの程度の保護効果をもたらしますか? マーク・リシュニウ BVSc、PhD、DACVIM
P2RY1遺伝子多型は肥大型心筋症の猫におけるクロピドグレルへの反応に影響を与える
■猫の肥大型心筋症 12% が10 年以内に血栓症を発症する
猫の肥大型心筋症の約 12% が、診断から 10 年以内に猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)を発症することが判ってます、クロピログレルは苦くて猫に飲ませるのが大変すし 30%の猫が耐性「効果がない」を持っていますので、単体での予防効果は僅か約3〜4%減らすだけです。
■新しい抗凝固薬リバーロキサバン
新しい抗凝固薬リバーロキサバン(凝固第 X 因子およびプロトロンビナーゼ活性を直接阻害することによって作用する新しい抗凝固薬)は苦くなく、猫に飲ませ易い薬です。

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■二重経路阻害(DAT):抗血栓療法の新たな方向性
二重療法とは、従来の抗血小板薬のみのアプローチとは異なり、血小板凝集と血液凝固の両方の経路を同時に阻害することで、血栓形成をより効果的に抑制します。
当院で推奨している クロピドグレルとリバーロキサバンの二重療法のエビデンス
クロピドグレルとリバーロキサバンの二重療法を行った猫では、生存期間中央値が猫の大動脈血栓塞栓症発症(FATE)発症から502日に達しました。
クロピドグレルとリバーロキサバンの使用した後ろ向き研究では、高リスク猫のFATEの発生率は0%、再発率は16.7%でした。
■当院では2021年より二重療法DATを実施
当院では、2021年から二重療法DATを実施しております。2剤を一つにして 苦くない飲ませ易い形に調剤いたしますので、投薬の難しい猫でも1日1回の投薬で済みます。
参考文献一覧
本記事は、以下の学術論文や専門家の発表を参考に執筆しました。
【血栓症の病態、疫学、および診断】
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