こざわ犬猫病院

猫の大動脈血栓塞栓症

猫の大動脈血栓塞栓症 について

猫の大動脈血栓塞栓症の治療

当院では、猫の⼤動脈⾎栓塞栓症の症状発症6時間未満の猫に TPAアルテプラーゼ アクチバシン注射 遺伝子組み換え(協和キリン株式会社)持続点滴による⾎栓溶解療法を行っております。

世界猫獣医学会(ISFM)のコンセンサスでは、急性(発症から6時間未満)の猫の動脈血栓塞栓症に対し、TPAによる血栓溶解剤の使用を推奨しています。

低分子ヘパリンは、新たな血栓の形成を予防する効果はありますが、すでに形成された血栓を溶解する効果はありません

猫の大動脈血栓塞栓症の予防

猫肥大型心筋症の猫の約 12% が、診断から 10 年以内に猫の大動脈血栓塞栓症を発症します。猫が肥大型心筋症と診断を受けたら抗血小板薬クロピログレル+リバーロキサバンを投与して大動脈血栓塞栓症を予防してください。血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法が最も安全で効果的な予防法です(生存期間が最長となり、再塞栓率が最低になることが示されています)必ず投与して下さい。クロピドグレルが苦く投与が困難な場合はリバーロキサパンだけ投与してください。リバーロキサバンは安全で忍容性が高く、1日1回経口投与が推奨されます。
参考文献 👉血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法
参考文献 👉3 つの視点から見た血栓: 評論家、心臓専門医、放射線科医 国際獣医救急・救命救急シンポジウム2020
参考文献 👉猫の血小板機能と凝固パラメーターに対するリバーロキサバンとクロピドログレルを使用した二重抗血栓療法の効果
参考文献 👉猫の大動脈血栓塞栓症:最近の進歩と将来の展望

猫の大動脈血栓症
猫の大動脈血栓症で後ろ足が動かなくなった

目次

・猫の大動脈血栓塞栓症の症状

・猫の大動脈血栓塞栓症の生存率

・猫の大動脈血栓塞栓症のTPAによる血栓溶解療法

・猫の大動脈血栓塞栓症予防

猫の大動脈血栓塞栓症の症状

症状は両後ろ足機能の急性喪失です。片側の後肢(左より右)発生することもありますが、両側が一般的です研究では片側の関与が20.8%であるのに対し、両側の関与は77.6%)まれに前肢におこることもあります。
手足が冷たくなり、青白くなります。爪が切れても出血しなくなり、手足の筋肉は硬く、痛みを伴います。猫によっては大声を出したり、よだれを垂らしたりすることもあります。直腸低体温症も見られ、予後は非常にわるく生存率は低く再発率も高いです(研究では再発率約50%)。

猫の大動脈血栓塞栓症のTPAによる⾎栓溶解治療

猫の急性大動脈血栓塞栓症(FATE)の治療に関して、古い情報に基づき「TPA治療が病態を悪化させる」という誤った見解が散見されます。しかし、最新の研究ではこの見解は完全に否定されており、TPA(組織型プラスミノーゲン活性化因子)による治療の有効性と安全性が示唆されています。

TPA治療の安全性と有効性に関するエビデンス

早期TPAによる大動脈鞍型血栓の両側溶解試験という、FATEを対象とした前向きランダム化プラセボ対照試験では、TPAが猫の⼤動脈⾎栓塞栓症FATEの予後を悪化させないという後ろ向き試験の結果が確認されました。これは、TPA治療が猫の急性大動脈血栓塞栓症において安全な選択肢であることを強く示唆しています。

人間における血栓溶解療法(TPA)の歴史と実績

人間においては、血栓溶解治療は古くから行われており、TPAを含む様々な血栓溶解薬が開発されてきました。

  1. 第1世代の血栓溶解薬としてストレプトキナーゼやウロキナーゼが使用されてきました。
  2. 第2世代ではTPA(アルテプラーゼ)が登場し、さらに効果的な治療が可能になりました。
  3. 最近では第3世代の血栓溶解薬組換えレテプラーゼも開発されていますが日本では未販売です。レテプラーゼは回復率90%の研究結果も出ておりますので、早期日本での販売が望まれます。

人間の医療では、医師会が肺血栓塞栓症(PTE)、急性心筋梗塞、急性虚血性脳卒中(AIS)など、さまざまな疾患の患者に対する血栓溶解療法の使用に関するガイドラインを発表しています。これらのガイドラインでは、TPAによる血栓溶解療法の使用が推奨されています。特に、症状発現後3時間以内に治療を開始できる患者には、TPAの静脈内投与が推奨されています。

猫の血栓溶解療法に関する研究の歩み

猫の血栓溶解療法に関する研究は、以下の通り進められてきました。

  • 1969年: フランスで行われた大動脈血栓症モデルの研究で、静脈内ストレプトキナーゼが使用され、84%の猫で血栓が消失しました。
  • 1980年代: カリフォルニア大学デービス校で数匹の猫(約10〜12匹)にTPAが使用され、退院したすべての猫が来院後48時間以内に歩行できるようになったと報告されています。
  • 1987年: 6匹の猫を対象とした研究で、臨床症状の平均持続時間17時間(範囲5〜29時間)の猫にTPAが使用されました。
  • 2010年: 非対照前向き研究で11匹の猫を対象にアルテプラーゼが調査されました。臨床症状の発現から12時間以内に猫の67%で脈拍が戻り、四肢機能が改善しましたが、退院できたのは27%の猫でした。
  • TPA群の退院生存率は44%であり、重要なことに、TPA群と対照群の生存率に悪化は見られず(それぞれ44%対29%)、再灌流障害(それぞれ42%対50%)や腎不全(それぞれ25%対25%)などの合併症率にも差がありませんでした。

これらの研究結果は、TPA治療が猫の大動脈血栓塞栓症FATEに対して有効かつ安全である可能性を示しており、古い情報に基づく誤解を払拭する重要なエビデンスとなります

当院での⾎栓溶解療法による治療方針

猫の大動脈血栓塞栓症に投与される、アルテプラーゼの作用機序
猫の大動脈血栓塞栓症に投与される、アルテプラーゼの作用機序

急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症 における⾎栓溶解療法は、リスク増加を伴いません。最近の世界猫学会のコンセンサスでは、個々の猫のリスクと利点を評価した上で、急性 (発症から6 時間未満) 猫の動脈⾎栓塞栓症の治療にTPA⾎栓溶解剤の使⽤を推奨しております。👉世界猫学会コンセンサス:猫の大動脈血栓塞栓症:最近の進歩と将来の展望

急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症 における⾎栓溶解療法
急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症 における⾎栓溶解療法

当院では飼い主様と相談の上、急性猫⼤動脈⾎栓塞栓症の症状発症6時間未満の猫に TPAアルテプラーゼ アクチバシン注射 遺伝子組み換え(協和キリン株式会社)持続点滴による⾎栓溶解療法を行っております。https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00001610.pdf

早期組織プラスミノーゲン活性化因子による大動脈鞍型血栓の両側溶解:猫の急性大動脈血栓塞栓症における前向きランダム化プラセボ対照試験

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36350753/

猫の急性大動脈血栓塞栓症における組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)による血栓溶解:16症例の回顧的研究。

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10814639/

猫の大動脈血栓塞栓症の生存率

猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)は、非常に予後が厳しい疾患です。過去の報告からもその厳しさがうかがえます。

250匹の猫を対象とした研究では、最初の来院時に61.2%(153匹)が安楽死を選択され、**24時間以上生存できた猫はわずか27.2%**でした。さらに、この研究で24時間生存し、病院で治療を受けた猫のうち、**7日間生存したのはわずか50%**にとどまりました。

このデータは、猫の急性大動脈血栓塞栓症がいかに緊急性が高く、重篤な状態であるかを示しています。

早期発見と迅速な治療の開始が、少しでも生存率を高めるために重要となります。

猫の大動脈血栓塞栓症予防

死亡率高くも予後も悪い病気ですので、心筋症の診断を受けた猫は必ず予防して下さい。

抗血小板療法: 血小板の活性と凝集を抑制し血栓の形成を防ぎます。プロピログレルを1頭あたり18.75mg24時間おきに飲ませますが、新しい薬のリバーロキサバンと2剤で治療を受けた 猫の大動脈血栓塞栓症 再発率が最も低く、副作用の発生率が低く。生存期間も長くなります2剤投与が有効です。当院では心筋症の猫ちゃんには クロピログレル+リバーロキサバンを1日1回投与して頂いております。
参考文献 👉血栓塞栓症の猫におけるクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法
猫の肥大型心筋症の約 12% が、診断から 10 年以内に猫の大動脈血栓塞栓症を発症することが判ってます、毎日の内服薬で予防しましょう。クロピログレルは苦くて猫に飲ませるのが大変ですが、リバーロキサバン(凝固第 X 因子およびプロトロンビナーゼ活性を直接阻害することによって作用する新しい抗凝固薬)は苦くないのでリバーロキサバンだけでも飲ませましょう

リバーロキサバン バイエル社の商品名イグザレルト説明サイト

猫の大動脈血栓塞栓症 予防ガイドライン

血栓予防は、猫の大動脈血栓塞栓症(FATE)のリスクが高い猫に対して推奨されています。推奨される薬剤と投与方法

  • クロピドグレル: 猫の大動脈血栓塞栓症 FATE予防の推奨用量は18.75 mgを1日1回経口投与(PO q24h)。(非常に苦いので、カプセルに入れて投与す必要があります。)
    • 迅速な効果を期待する場合、初期負荷量として37.5 mgを投与することが有用な場合があります。
  • ヘパリン:
    • 未分画ヘパリン(UFH): 静脈内(IV)に350-375 IU/kgを投与後、皮下(SC)に150-250 IU/kgを6〜8時間ごとに投与。
    • ダルテパリン: 75 IU/kgを6時間ごとに皮下投与。
    • エノキサパリン: 静脈血栓塞栓症のリスクがある猫には、0.75-1 mg/kgを6時間ごとに皮下投与。
  • 経口抗凝固薬(DOACs):
    • リバーロキサバン: 安全で忍容性(苦くなく、猫に飲ませやすい)が高く、0.5-1 mg/kgを1日1回経口投与が推奨されます。
    • アピキサバン: CURATIVEガイドラインに明記されていませんが、リバーロキサバンと同様の推奨が期待されます。0.2 mg/kgを1日1回経口投与が使用されています。

二重療法に関する知見

  • クロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法は、忍容性が高いと報告されています。
  • この二重療法を行った猫では、生存期間中央値がFATE発症から257日(FATEリスクのある猫全体)から502日(FATE発症猫)に達しました。

参考文献一覧

本記事は、以下の学術論文や専門家の発表を参考に執筆しました。

【血栓症の病態、疫学、および診断】

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  • Ware, W.A., Bonagura, J.D. (2022). 猫の心筋疾患. コンパニオンアニマルの心血管疾患:犬、猫、馬, 第2版. CRC Press, pp. 649-78.

 

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