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猫の特発性膀胱炎

猫の特発性膀胱炎 について

猫の特発性膀胱炎

猫の特発性膀胱炎(FIC)は、膀胱、神経系、副腎、および環境要因の複雑な相互作用によって生じる、膀胱の慢性、無菌性、炎症性疾患です。これは猫下部尿路疾患(FLUTD)の中で最も頻度が高く、全FLUTD症例の 54~64% を占めると報告されています。米国では年間 25万~50万匹 の猫が罹患していると推定されています。

病因と病態生理学

猫の特発性膀胱炎(FIC)は、単一の原因ではなく、以下の多因子的な生理学的異常が確認されています。

1. 膀胱および尿路上皮の異常

  • GAG層の欠損: 膀胱内面を保護するグリコサミノグリカン(GAG)層の欠損または損傷により、尿路上皮の透過性が亢進します。

  • 神経原性炎症: 透過性の亢進により、尿中のカリウムやプロトンなどの刺激物質が膀胱壁深層に浸透し、感覚求心性ニューロン(C線維)を刺激します。FICの猫は健康な猫に比べ、刺激に対する求心性ニューロンの興奮性が高く、脳へ過剰な疼痛信号を送ります。これによりサブスタンスPなどの神経ペプチドが放出され、血管拡張、肥満細胞の脱顆粒、浮腫を引き起こす「神経原性炎症」が生じます。

  • 組織学的所見: 粘膜下浮腫、尿路上皮の損傷、粘膜下出血、血管拡張、肥満細胞浸潤の増加、および潰瘍形成が認められます。

  • タンパク質異常: 尿路上皮の修復に関与するタンパク質「トレフォイル因子2(Trefoil factor 2)」の尿中排泄量が、健康な猫と比較して減少しており、これが修復能力の低下に関与している可能性があります。

2. 神経・内分泌系の調節不全

猫の特発性膀胱炎(FIC)は、全身的なストレス応答系に異常が見られます。

  • 交感神経系の亢進: 脳幹(青斑核)および視床下部において、カテコールアミン合成の律速酵素である**チロシン水酸化酵素(TH)**の免疫反応性が亢進しており、交感神経流出量が常に増加しています。

  • HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)の脱共役: 慢性的なストレス状態にあるにもかかわらず、副腎皮質は機能不全を示します。

    • ACTH刺激試験において、FICの猫はコルチゾール反応が著しく低下しています。

    • 副腎のサイズは健康な猫より小さい傾向があります。

    • コルチゾール不足は、タイトジャンクションの維持を損ない、組織透過性の亢進を悪化させる可能性があります。

臨床症状の分類と疫学データ

臨床症状は主に以下の4つのパターンに分類され、それぞれの発生率や再発率は研究により以下のように示されています。

  1. 急性・自然治癒型(Acute self-limiting)

    • 最も一般的で、FIC症例の 80~95% を占めます。

    • 治療介入がなくても通常 2~3日 で症状は消失します。

    • しかし、治療を行わない場合、40~55% の猫が再発を経験します。

  2. 頻繁な再発型(Frequently recurring)

    • 全症例の 2~15% に見られます。

    • 50匹のFIC猫を追跡した研究では、数年間で 18% が1~3回の再発、6% が4~6回の再発、12% が6回以上の再発を経験しました。

  3. 持続型(Persistent)

    • 全症例の 2~15% では臨床症状が消失せず、慢性化します。

  4. 尿道閉塞型(Urethral obstruction)

    • 全症例の 15~25% で発生し、解剖学的理由から主にオス猫に見られます。

    • 再閉塞のリスクが高く、閉塞性FICの猫51匹を対象とした研究では、退院後6ヶ月以内に 8匹(約15.6%) が再閉塞を起こし、4匹 が閉塞を伴わないFICの再発を示しました。

診断

FICは除外診断です。尿検査、画像診断(X線・エコー)により、結石、感染、腫瘍などを除外します。

  • 尿検査: 血尿が最も一般的です。尿沈渣中の上皮細胞数の増加はFIC発症リスク増加と関連しています。また、健康な猫と比較して、尿中タンパク/クレアチニン比(UPC)の上昇や、血清中の炎症性サイトカイン(IL-12, IL-18, Flt3L, CXCL12)の上昇が報告されています。

  • 細菌培養: FICの猫では通常陰性です。若齢猫における細菌性尿路感染症(UTI)の発生率は 2%未満 と低く、高齢猫や基礎疾患を持つ猫以外でのUTIのリスクは低いです。

治療と管理:学術的根拠と推奨事項

FICには確立された根治治療はなく、症状の重症度軽減と発作間隔の延長を目的としたマルチモーダル(多角的)な管理が必要です。

1. 薬物療法とそのエビデンス

  • αアドレナリン拮抗薬:

    • 作用機序: 尿道平滑筋を弛緩させ、痙攣を軽減します。

    • フェノキシベンザミン: 効果発現に最大 7日 かかるため、急性期には不向きとされることがあります。

  • 三環系抗うつ薬(TCA) – アミトリプチリン:

    • 急性期: 急性発作のある猫を対象とした2件の研究では、短期投与による症状の重症度や持続期間の短縮効果は認められませんでした。

    • 慢性期: 重度または再発性の症例には有益な場合があります(2.5~12.5 mg/頭/日)。

  • フルオキセチン ベンラファキシン(SNRI):

    • 慢性FICの猫13匹を対象とした研究では、8匹 が1週間以内に症状消失、3匹 が1ヶ月以内に消失しました。治療中に 4匹 が再発しましたが、6匹 で良好な管理が可能でした。

  • NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬):

    • メロキシカムを使用した2件の研究において、閉塞性FICの再発防止や回復促進に対する有効性は示されませんでした

2. 食事療法と水分摂取

食事管理は再発率に大きく影響します。

  • 療法食の有効性:

    • 抗酸化物質とオメガ3脂肪酸を強化した食事(Hill’s c/d Multicare®など)を与えられた猫は、対照群に比べてエピソード数や有症日数が減少しました。

    • 加水分解ミルクプロテインやトリプトファンを含む食事(Hill’s c/d Urinary Stress®)を与えられた猫(再発率 5/17匹)は、他の市販フードを与えられた猫(再発率 11/14匹)と比較して、急性非閉塞性FICの再発が有意に少なくなりました。

  • ウェット vs ドライ:

    • 同研究において、ドライタイプの療法食を与えられた猫は、ウェットタイプの療法食を与えられた猫と比較して、再発のオッズ比が 3.18倍 高くなりました。水分摂取量を増やし尿比重を低下させるために、缶詰(ウェットフード)の使用が強く推奨されます。

3. 環境修正

  • 環境を変えることで、再発性FICの猫の 70~80% において臨床症状の重症度と頻度が軽減されたと報告されています。

  • フェロモン療法(フェリウェイ®):

    • FIC猫12匹を対象としたクロスオーバー試験(2ヶ月間)では、統計的な有意差は認められなかったものの、フェリウェイ群ではFIC発症回数や有症日数が減少する傾向が見られました。

予後

  • 長期的予後と死亡率:

    • 50匹のFIC猫を診断後10年以上にわたり追跡調査した研究では、20% の猫がFICに関連する理由(頻繁な再発、閉塞、QOL低下による安楽死を含む)で死亡しました。

    • 経過の内訳は、46% が再発なし、18% が1~3回の再発、6% が4~6回の再発、12% が6回以上の再発でした。

    • 再発が見られなかった、または数回のみで収まった猫の約 70% は、10年後も生存しているか、FICとは無関係の理由で死亡していました

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